Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
いけぶくろのみせ
山之口貘詩文集
山之口 貘
Lisez 山之口貘詩文集 (いけぶくろのみせ) de 山之口 貘 (やまのくちばく) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 44 477 caractères · 93 écrans
この講座を引き受けるに当って、学識その他の設備のないことを残念だとおもったのであるが、それは他に適当な詩人があるはずで、ぼくは読者に、片眼をつむってのぞいていただければと、あり合わせの節穴みたいなものでがまんしてもらったわけである。
おわりに、なんのために詩を書くかとの問いを中心に、くるくる回っている詩人諸家の言葉を、御参考までに引用してみると、金子光晴は「腹の立つときでないと詩を書かない」というのである。含蓄のある言葉であるとおもう。かれの生き方、考え方、詩に対するこころ構えなど、かれの姿をほうふつさせるものではなかろうか。
北川冬彦は「なぜ詩を書くか、私にとっては、現実の与えるショックが私に詩を書かせるのだ、というより外はない」といい、高橋新吉は「自然の排泄に任すのである」といい、村野四郎は「私は詩の世界にただ魅力を感じるから詩を書きます」というのであり、深尾須磨子は「私が存在するゆえに私は詩を書く」といい、田中冬二は「私はつくりたいから、つくるまでであると答えたい」とのことであり、数え立てれば色々の答がなんのために詩を書くかの問いに対して、出没するのであるが、それらの答えで注目すべきことは、誰もが生から詩を切り離しては、答えられないものであるということなのである。