Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
でし
弟子
Lisez 弟子 (でし) de Nakajima Atsushi (中島 敦) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 24 284 caractères · 49 écrans
実際、後世の者が夫子をもって聖人と崇めた所で、それは当然過ぎる位当然なことだ。夫子ほど完全に近い人を自分は見たことがないし、また将来もこういう人はそう現れるものではなかろうから。ただ自分の言いたいのは、その夫子にしてなおかつかかる微小ではあるが・警戒すべき点を残すものだという事だ。顔回のような夫子と似通った肌合の男にとっては、自分の感じるような不満は少しも感じられないに違いない。夫子がしばしば顔回を讃められるのも、結局はこの肌合のせいではないのか。…………
青二才の分際で師の批評などおこがましいと腹が立ち、また、これを言わせているのは畢竟顔淵への嫉妬だとは知りながら、それでも子路はこの言葉の中に莫迦にしきれないものを感じた。肌合の相違ということについては、確かに子路も思い当ることがあったからである。
おれ達には漠然としか気付かれないものをハッキリ形に表す・妙な才能が、この生意気な若僧にはあるらしいと、子路は感心と軽蔑とを同時に感じる。
子貢が孔子に奇妙な質問をしたことがある。「死者は知ることありや? 将た知ることなきや?」死後の知覚の有無、あるいは霊魂の滅不滅についての疑問である。