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Classiques japonais avec furigana

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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

Lisez 技術の哲学 (ぎじゅつのてつがく) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 84 443 caractères · 164 écrans

Aozora Bunko

蓋し、この関係は実は技術家に就いて分析する際になって、初めて結着を得るのである。

* 『唯物論研究』((〔一九三三年〕六月号)に於て、相川春喜氏はマルクス・エンゲルス・レーニンその他の技術に関する見解を一応纏めている(「技術及びテクノロギーの概念」)。氏はその際私の見解の批判にも触れている。氏の批評の論旨には充分読み取れない部分もあるが、一つの忠告としては大体当っているかも知れない(六九頁以下)。第一問題にされているのは私が使った「観念的技術」という概念であるが、相川氏は之を「観念論的」な概念にしか過ぎないと云って承認しないのである。数学者の頭脳に働く主観的技術も、筆紙を必要とするのだし、又そうした「頭脳の感官的機構」自身が物質的実在でないかというのであるが、併し同じく主観的な技術(技能)でも、ピアノ演奏という手先の技術と、数学の演算という頭の技術とを、区別することがあそこの問題だったので、私は後者を特に観念的だと呼んだ迄である。相川氏は「観念的」という言葉に何か特別な意味を含ませて、この言葉に拘泥しているらしいが、観念的というのは元来、観念にぞくするということではないか。