Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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ぶんげいじひょう

文芸時評

宮本 百合子

Lisez 文芸時評 (ぶんげいじひょう) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 8 743 caractères · 18 écrans

Aozora Bunko

プロレタリア文学についての意見の中で、取材、形式の固定化をあげている。そして、「プロレタリア作家生活がすすむにつれ、その芸術的空想の局限が見えて来るようだ」から、いわゆる政治小説から出て、モットほかのところへ種さがしにゆけと勧告してくれている。

大体その時評は、妙なものだった。マルキシズムの立場で書かれているわけなのだろうが、敗北主義で、政治と文学との見解は、ブルジョア・インテリゲンチアの宿痾、二元論だ。

しかし、言及されているプロレタリア文学の取材、様式の固定化という批判は、そのままとりあげよう。

けれども、われわれのところではその解釈と、発展を求めてゆく道の発見のしかたが、筆者とはまるで違う。まるで反対である。

大会は、作品が固定化した理由を、プロレタリア作家各人の日常が、まだ大衆のうちに入り切ってないからだ、大衆の現実が作者の現実となりきっていないからだとしている。

空想の欠如ではない。現実の欠如である。

そして、その欠点を清算するために、「ナップ」の作家は、土地をかえようとはしない。そこから逃げ出そうとは考えない。なお一層プロレタリア・農民大衆の現実の中へ中へと、正しく踏み出した去年の道を発展させてゆくことで、克服しようとする意志をもっている。