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Classiques japonais avec furigana

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ぶんげいひょうろんのほうほうについて

文芸評論の方法について

戸坂 潤

Lisez 文芸評論の方法について (ぶんげいひょうろんのほうほうについて) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 7 949 caractères · 16 écrans

Aozora Bunko

彼のジャーナリストとしての優越性は却ってアカデミックな要素を著しく欠いているという文壇の特色とよく一致している。之に反して森山啓は、初めから文芸学的な評論家であった。それが青野と同じ種類の印象追跡中心の風格を帯びようとすることによって、その風格にまだ幾分の不安定が残されていると共に、文芸学上の方法とシステムとに対して、眼に見えてタガがゆるんで来た。かくて今日彼の独自な有用性は可なり低下したようだ。今日の日本の科学的文芸評論にとっては、惜しいことである。

中野重治は言葉の勘に実に潔癖な評論家である。之を知らぬ者は彼の評論を揚げ足取りの尻取りのと云う。だがこの詩人は他人の用語によって世界を判断することが出来る性だ。ただ彼は殆んど何等文芸学というようなアカデミックな要素を持っていないので、その評論は科学的で方法的で体系的と云うよりも、寧ろ文壇的な合理論的評論と云うべきだろう。之に較べると、中条百合子の評論はもっと文芸学的な素質に富んでいる。――併しどこを見ても、まだ、文芸学的システムから来る本格的な科学的文芸評論のサンプルは見当らぬと云ってよい。そしてこうした科学的文芸評論の多少なりともの新しい芽生えに対して(之は例外なくマルクス主義哲学の畑から萌え出るのだが)、評論に於ける体系というものの意味もロクロク考え