Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
Lisez 日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 208 277 caractères · 415 écrans
四人はおのおの異なった、また優劣のある解を提出している。その異なった解が、優劣のあるままに、それぞれ達磨によって是認せられたのである。これは単に四つの解と限られたわけではない。たまたま弟子が四人であったゆえにそこに四解があった。「もし二祖よりのち百千人の門人あらんにも、百千道の説著あるべきなり、窮尽あるべからず。」すなわち同じく面授面受によって達磨を得るにも、そこに無限の道著が可能なのである。個性の異なるごとく道を異にすることができるのである。
この道元の説明によって我々は、道得が千差万別の形に現われるものであることを、確かめ得ると思う。しかしもし道得がかく多様な形に現われるとすれば、矛盾し撞着する道に出逢った場合我々はどこに究極の仏法を認むべきであるか。道元は答えていう、さまざまの異なれる見解が相錯綜することそれ自身の上に仏法が現われるのであると。この思想を表示するものが彼の「葛藤」の語である。
葛藤とはかずらやふじである。蔓がうねうねとからまりついて解き難い纏繞の相を見せる。そこからもつれもめることの形容となり、ひいては争論の意に用いられる。