Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
にっき
日記
宮本 百合子
Lisez 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 22 923 caractères · 46 écrans
を動した。
来年と云い十年後にと云い……然し誰か、自分の大切な人々のうちの誰かが、其を見ず、満されない期待を抱いたまま死んで行くのは、それを見るのは、辛いことだ――
此の心持の中に、両親が最もつよく込められている。死んじゃあ大変だと思わずには居られない。今、死んでは欲しくない、今死なれては堪らない。その堪らないがいつ来るかわからないのだから、ぼんやりしては居られない――
自分には、生別死別の深い、印象を今更の如く教えられた心持がした。
生命は、昔の人の言葉をかりて云えば無常だ。それほど、新陳代謝を要する常に新鮮なるべきものなのだ。その無常にかつ、無常を超えたものを掴まなければならない。
人が長い病気や苦しみの後、死ぬると、その死にともなった感じは複雑な添物があって理屈がつく。然し、たった一年ほか生きなかった子が、急に、木の葉が震えるように震えた丈でもう死んでしまった。此の地上に於ける其人の生命は終ったのだということは、自分達に露骨な、有難い、強い生命の移動を教えるのだ。永生と云うこと、不滅の生に対する考えは、斯う云う端的なショックを受けなければ、自分には終に一箇の思索にすぎなかっただろう。