Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
にっき
日記
宮本 百合子
Lisez 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 22 923 caractères · 46 écrans
十二月二十六日
十二月二十七日
十二月二十六日 日
○年の暮に成って、一年を顧るのは愚人のする事だ。けれども、けれども自分は其をする。そして驚く。二十二の年はもう過ぎ去ろうとして居て、自分は、一年間此だということはして居ないのだ。
人生の種々な価値をより知り、より真剣に潜入して行く種々な階段、十八の時、自分は真個にやって居ると思い、二十二の時、毎日は相当に安んじて暮し、二十三に成ろうとして自分の無為を痛感する。神がその人がくやむ時を与えてくれるのは恩恵である。
十二月二十七日 月
○自分は今まで自分の職業欄へ、文学者と書き、或は創作家と記すのをためらって居、実行しなかった。此の理由について考える。
本能的な羞しさからなのだ。何故羞しいのか、自分はまだ成って居ないから――。それなら其丈の努力をして居たか?
女性の今日の状態は、日常生活に於て、名人に達する努力は要されて居ない。相当なるアマツールと云うことは、普通人との余りかけへだたらない交渉に於て、なみとは一寸異った色彩を添えるものなのだ。自分は知らず知らず其処で甘えて居たのだということを発見した。
来年から、或は、斯う書いて居る今から、自分は一箇の文学者として自分を曝す。