Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

にっき

日記

宮本 百合子

Lisez 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 65 193 caractères · 131 écrans

Aozora Bunko

六月十日

気の強い、生活力の豊かな女の子だから、田舎の気がねの多い沈滞した生活気分に堪えないのだ。東京のよい圏境が与えられれば、進取的なよい女性の一人であろうのに、田舎から来ては女中ほか出来ない為、とげられるだけの発達をし得ない。惜しいことだ。

カントの「実践理性批判」の序にある伝をよみ、彼の哲学が如何ほど箇性と密接な関係を有するかを感じ、彼の哲学追従者が、彼と、自己との箇性的差異をどこまで考えるかと云う疑問に打れた。哲学と云ってもつまり或独特な箇の上から、過去の認識を素材とし、独特のその人の火を導として立つべき焔なのだ。実に、抽象的な学であって、而して同時に箇性的な創造であると思う。一見如何に普遍的な論理の排列のようでも、徒に、体系の異動で、如何ともしがたい各人の価値の世界があるのだ。

野上さんが、(臼川氏)哲学はプラトーで、文学はギリシア悲劇で、他は皆それのインタープレテーションだと云われた。それもその言葉だけをきけば真だ。けれども知識、芸術を愛するものは、そのインタープレテーションの種々相にあらわれる箇性の栄光を認め、愛し、美に打れずには居られない。