Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

Lisez 現代哲学講話 (げんだいてつがくこうわ) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 268 337 caractères · 522 écrans

Aozora Bunko

範疇を論じる処の範疇論は、古来論理学乃至哲学の重大な一つの部門であった。だから範疇論と云えば何かアカデミカルなペダンティックな言論だとさえ見えないでもない。併しそういう範疇論は、今日では終局に於てあまり発展の余地がないし、又あまり役に立つ必要なものとは思えない。吾々にはもっと外のアスペクトから必要な範疇論があると思われる。どういう範疇論が必要であるのか。

一体範疇という言葉が最も意識的に用いられた最初のものは、アリストテレスである。彼にあっては、範疇とは、人々が公共的に語るに際して、その云い表わし方が則るべき幾つかの範式を意味する。何が、何時、何処で、どれ程、どういう具合に、等々十個のカテゴリーが挙げられている。云うまでもなくこの範疇の数は言葉の約束(文法)から引き出されたもので、その意味では、アリストテレスの範疇は言表(言葉)の形式を指すものである。尤も言葉(ロゴス)は彼にとっては同時に又客観的存在そのものの原理(ロゴス)でもなければならないのではあるが。――だがカントになると、範疇は言葉との因縁を殆んど全く断って了う。人々の知る通り、言葉ではなくて事物の認識が、則るべき幾つかの範式がカントの範疇である。