Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
きゅうたいは
球体派
豊島 与志雄
Lisez 球体派 (きゅうたいは) de 豊島 与志雄 (とよしまよしお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 2 235 caractères · 5 écrans
それは私に一種の喜びを与えた。煩雑な幾何学的図形の中に、生々とした球面をふと見出した時の喜び――ピカソの画面の中に肉体的ヴォリュームを見出した時の喜び……。それにまた、通行人等の身体が、夜の街路の上に如何にも弾力性を帯び、その眼が、街灯の光の中に如何にも生気に満ちていた。
「そうだ、これらの持つ美は、一種の球体的な美だ。」
「眼球の美だ。」
人間の眼球は、と画家は云うのだった、どんなものでも測り知られぬ美を持っている。どんな年齢の眼も、どんな生活の眼も、みな美しい。養老院の中庭に日向ぼっこしている老人の眼も、酒にただれた売笑婦の眼も、それぞれの美しさを持っている。その美しさは、真正面から見たのではよく分らないかも知れないが、横から、斜め横から見れば、誰にでも、「素人」にでも分る。満員の電車に鮨詰めになっている雑多な人々の眼、それを斜め横から、眼瞼の下に円くふくらんでいる、そのふくらみが分るほどの角度で見れば、どれもみな素晴らしく美しい。透明な液体につつまれた、白と黒との生きた球体だ。
「恋人の眼をのみ美しいと云う勿れ。」
だが、眼球をのみ美しいと云う勿れ。