Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
わたしのしんじょう
私の信条
豊島 与志雄
Lisez 私の信条 (わたしのしんじょう) de 豊島 与志雄 (とよしまよしお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 3 502 caractères · 7 écrans
それ故、何かのために、或るいは誰かのために、小説を書いてると言うよりは、むしろ、自分自身のために書いてるとも言える。
そういうわけだから、私の作品に対する或る種の評言を、私は甘んじて受ける。何を書こうとしたのか分らない、焦点がはっきりしない、抽象的すぎる、現実味が乏しい、などなどの評言である。私の造形的怠慢の致すところだ。この怠慢から、今後、出来るだけ脱出したいとは思っている。
ところで、自分自身のために書く意味合が多いということは、必ずしも、自分の作意と世の中とのつながりを無視したことにはならない。作家というものは、如何なる作家にせよ、その作中人物の在りかたを、理念に於いては、人間もしくは人類の在りかたの鏡に映して眺めるものである。作中人物はたいてい、断崖のぎりぎりの一線に指定されるが、その在りかたの意義を規定するのは、それを映し出す鏡の位置如何による。自分自身のために書く意味合が多いということは、この鏡の位置により多く忠実だと言うことに外ならない。
私自身のその鏡の位置は、どこにあるのであろうか。固より一定不変とは言えない。少しずつ、移動するのは、思想の生長にともない止むを得ないことだ。