Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わたしはだれ?

私は誰?

坂口 安吾

Lisez 私は誰? (わたしはだれ?) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 6 584 caractères · 14 écrans

Aozora Bunko

私のような原始的素朴実在論者は忽ちかぶれてハヽア、文学とはそういうものかと思いつめる始末だから、あさましい。私は当時は中島健蔵とのむのが好きであった。なぜなら、ケンチ先生だけはからまない。彼は酔っ払うと、徹頭徹尾ニヤ/\相好くずしている笑い大仏で、お喋り夥しいけれども、からまない。要するに無意味なヨッパライで、酒というものは本来無意味なのだから、それが当りまえだ。酒をのんで精神高揚だの、魂が深まるだのって、そんな大馬鹿な話があるものではない。

近頃の若い文学者は、やっぱり「からむ」飲み方をしているだろうか。たぶん、もっと利巧になっているだろう。酒は本来アラレもないものだから、とりすます必要も、粋だの意気がる必要もないが、からむのは、やめたがいゝ。元来、酔っ払って、文学を談じるのがよろしくない。否、酔わない時でも、文学は談じてはならぬ。文学は、書くもので、そして読むものだ。全てを書け。だから、読むのだ。喋る当人は魂のぬけがらだろう。こんなにハッキリしているものはない。

だから、文士の座談会は本来随筆的であるべきで、文学を語るなどとは大いに良くない。