Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

ja-reading.com

Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

ちゃびせいかつ

茶美生活

北大路 魯山人

Lisez 茶美生活 (ちゃびせいかつ) de 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 4 720 caractères · 10 écrans

Aozora Bunko

それならこそ、眼の利く者から見ては、たまらないのである。みずから専有欲の湧き起こる主観を禁じ得ぬまでに食指は動き、心中は波打つものである。それが売り立て市にでも出るとなっては、どうしようもなく、物持つ人の手にと移り行ってしまうのである。無産者の中にいかなる具眼の士あろうと、好事者が潜んでいようとも神様は知らん顔である。

しかし、たまには一驚に価するがごとき落ち洩れもあって、某が何々をクズ屋の店に掘り出したなどと人の噂に尾鰭もついて、一潟千里に流れ歩くこともしばしばあり、しかるべき人物までが、ガラクタ屋の店頭に怪しい眼を光らしている珍風景が、常に跡をたたないというのがこの道の現実である。

懐中の空白を意とせず、われに眼力ありとばかり道具屋並列の町々は、常に賑わっている。しかし眼力派なる者も挙句の果ては、争うべくもなくボロ買いへと落ち込み、怪しき茶碗に生涯のよろこびを托し、悪悟りにすましこんでいる例少なしとしない。が、それはそれとして今日のように、一個の茶道具が何万、何十万と決ってしまっては、無産階級は残念ながら、斯界から手を引き断念する以外に道はないようである。