Classiques japonais avec furigana
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おやはながめてかんがえている
親は眺めて考えている
金森 徳次郎
Lisez 親は眺めて考えている (おやはながめてかんがえている) de 金森 徳次郎 (かなもりとくじろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 14 403 caractères · 29 écrans
こんな風だから、子供たちに向って、断乎として右向け、左向け、医者になれ、音楽者になれ、役者になれと命令したり、指導したりする勇気がない。せいぜい微温的な助言をするくらいである。万事汝等の責任と良識によって前途を開き進め、人生は「親知らず」の難所であると言いたい気分でいる。
それゆえ、「子供をしつける」ということには大体消極的である。ごく僅かのしつけは経験上必要だが、今の学校の先生や父兄がたが強くしつける態度を執ったり、開明的と自信する人々が、「外国では子供をしっかりしつけますよ」と真理の如く宣言されると、ついしつけ規範の一言一句に厳密批評を加え、アマノジャクの言動をなさざるを得ない。蛇にうなぎの教育が出来ますか、鰻の心は鰻が知りますという風に思うのである。
それでも、内心にはビクビクしている。果してこれで、彼等の幸福が保障されるであろうか、と心配するが、中庸のかねあいというものがあるから、勇気をふるい、乃至は蠻気をふるって、彼等にはその行き途をなるべく自分できめさせ、少くも手を取り足をとるおせっかいは極度に避けようと思っている。一片の好石があるとして、芸術家の思うがままに仏像になり、神像となり、武人像にきざまれ、英雄像に作られることは、石のために同情するが、生きた人間を父親の暴政に服させることは忍びない