Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

どくしょほう

読書法

戸坂 潤

Lisez 読書法 (どくしょほう) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 130 289 caractères · 257 écrans

Aozora Bunko

て見ねばならぬ。古典的な著書を、著述された実際の雰囲気の中にありありと眼に浮べて見ようと試みたことのある人ならば、誰でもこの推定をしないわけには行かないだろう。

デカルトは『方法叙説』の終りの辺で、みずからこの問題に解答を与えている。「私が私の先生の言葉であるラテン語で書かずに、母国の言葉であるフランス語で書いたのは、自分自身の本来の極めて純粋な理性しか用いない人の方が、古人の書物しか信じない人よりも、私の意見をよく判ってくれるだろうと思うからだ。良識と探求とを結びつける人こそ私の審判官として望ましいのだが、そういう人達は、私が自説を俗語で説いたからと云って、その理解を拒むほどに、ラテン語のひいきではなかろうと信じる」、と云うのである。

フランス語のよくは読めない私自身は、この『ディスクール』の文章全体が果して純粋な美しいフランス語であるかどうか判定の限りではない。多分良いフランス文であろうとは想像している。だが、デカルトのフランス語に対する功績は、そういう作文問題にあるよりも、勿論もっと根本的な処に横たわる。と云うのは、この俗語を以て最も厳密な思案の道具としたという、フランス語に対するその信任の厚さに、功績があるわけだ。