Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
れんかんき
連環記
幸田 露伴
Lisez 連環記 (れんかんき) de 幸田 露伴 (こうだろはん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 49 281 caractères · 95 écrans
ある。日本でも大安寺の勝業上人が水観を成じた時同じく石を投げ入れられて、これは※が痛んだという談があって、何も希有な談でも何でもない。清水だろうが、洪水だろうが、瓦礫だろうが、小白石だろが、何だって構うことは無い、慧心寂心の間に斯様な話の事実が有ったろうが、無かったろうがそんなことは実は何様でもよい、ただ斯様いう談が伝わっているというだけである。いや実はそれさえ覚束ないのである。ただ寂心の弟子の寂照が後に源信の弟子同様の態度を取って支那に渡るに及んでいるほどであるから、寂心源信の間には、日ごろ経律の論、証解の談が互に交されていたろうことは想いやられる。勿論文辞に於ては寂心に一日の長があり、法悟に於ては源信に数歩の先んずるものが有ったろうが、源信もまた一乗要訣、往生要集等の著述少からず、寂心と同じように筆硯の業には心を寄せた人であった。
寂心は弥陀の慈願によって往生浄土を心にかけたのみの、まことに素直な仏徒ではあったが、此時はまだ後の源空以後の念仏宗のような教義が世に行われていたのでなく、したがって捨閉擱抛と、他の事は何も彼も擲ち捨てて南無阿弥陀仏一点張り、唱名三昧に二六時中を過したというのではなく、後世からは余業雑業と斥けて終うようなことにも、正道正業と思惟さるる事には恭敬心を以て如何にも素直にこれを学び