Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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どうとくのかんねん

道徳の観念

戸坂 潤

Lisez 道徳の観念 (どうとくのかんねん) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 71 388 caractères · 140 écrans

Aozora Bunko

そういう意味では道徳の理論的な観念はいつも道徳の常識的観念を縁とすることによって、その検討が始められねばならず、そして終局に於て、常識的道徳観念からの絶縁としてではなくて却ってそれの深化又は変貌として、道徳に関する理論的概念を取り出さねばならぬ。だがそのためにも、道徳に就いての常識的な観念が、殆んど迷信に近いまでに頑なで有害なものだということを知らねばならぬ。

常識はまず第一に、道徳というものを社会構造の領域乃至文化領域の一つだと仮定している。と云うのは、社会機構の諸層は常識によると、経済・政治・社会関係・道徳界・芸術・宗教・学問・等々に区分されている。この区分法の原理を吟味して社会構築の段階として之等のものを適当な順序に排列するのだとすれば、この区分をすること自身は科学的なことで誤りではないのだが(史的唯物論の不朽の功績の一つはここにある)、併しそれにも拘らずその場合にも、あくまで道徳に関する通り一遍の常識を利用してそう云っているのであって、道徳なるものに関するこの場合の常識的想定そのものに就いては、なお問題を残しているのである。史的唯物論がそこで問題にしているのは(併し他の場合には問題がもっと変らねばならぬが)、所謂道徳なるもの(と云うのは「常識的に」