Classiques japonais avec furigana
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『しゅっけとそのでし』のついおく
青春をいかに生きるか
倉田 百三
Lisez 青春をいかに生きるか (『しゅっけとそのでし』のついおく) de 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 94 413 caractères · 190 écrans
日蓮は世相のただならぬことを感じた。また実際国外には支那を統一し、ヨーロッパを席捲した元が日本をうかがいつつあったのであった。
こうした時代相は年少の日蓮に痛切な疑いを起こさせずにおかなかった。彼は世界の災厄の原因と、国家の混乱と顛倒とをただすべき依拠となる真理を強く要請した。
「日本第一の知者となし給へ」という彼の祈願は名利や、衒学のためではなくして、全く自ら正しくし、世を正しくするための必要から発したものであった。
善とは何か、禍いの源は何か、真理の標識は何か。すべての偉人の問いがそれに帰宗するように、日蓮もまたそれを問い、その解決のための認識を求めて修学に出発したのであった。
三 遍歴と立宗
十二歳にして救世の知恵を求めて清澄山に登った日蓮は、諸山遍歴の後、三十二歳の四月再び清澄山に帰って立教開宗を宣するまで、二十年間をひたすら疑団の解決のために思索し、研学したのであった。
はじめ清澄山で師事した道善房は凡庸の好僧で情味はあったが、日蓮の大志に対して善知識たるの器ではなかった。ただ蔵経はかなり豊富だったので、彼は猛烈な勉強心を起こして、三七日の断食して誓願を立て、人並みすぐれて母思いの彼が訪ね来た母をも逢わずにかえし、あまりの精励のためについに血を吐いたほどであった。