Classiques japonais avec furigana
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いわゆる「はんせい」はわれわれをすくうか
いわゆる「反省」は我々を救うか
岸田 国士
Lisez いわゆる「反省」は我々を救うか (いわゆる「はんせい」はわれわれをすくうか) de 岸田 国士 (きしだくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 7 229 caractères · 15 écrans
として現れるものでないことは云うまでもない。逆に、「無反省」が寧ろ表面的には目立つた現象であるかもしれぬ。事実、良心がないのではなく、また特別に鈍いわけでもないのに、時として、意識的に自己の良心に眼隠しをして平然としていられる奇怪な背徳行為というものは、これを無反省という言葉で片付るのには、少し複雑すぎるように思われる。我々の社会には、この例がどこよりも多いことは誰でも気づいている。
先日、笠信太郎氏の近著「新しき欧洲」を読んでいろいろ教えられるところがあつたが、そのなかで、日本人の性格として、「他人本位」ということをあげ、何事につけても周囲の思惑ばかり気にかけ、その影響に支配され易い傾向が指摘されているのを、私もその通りだと感じ、また、これは既に多くの同胞によつて「反省」されていることでもあると思つたが、このことについて、私は、同じ問題を別の面から考えてみたことがあるのに気がついた。
それは「何事につけても周囲の思惑ばかり気にかける」ということは、たしかに、「他人本位」の物の考え方と云えるにはちがいないが、またそれは同時に、「自分本位」の物の考え方とも云えるのではなかろうか? つまり、「人が自分をなんと思うか」