Classiques japonais avec furigana
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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
Lisez すみだ川・新橋夜話 他一篇 (すみだがわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 44 378 caractères · 88 écrans
自分は永代橋の向岸で電車を下りた。その頃は殆ど門並みに知っていた深川の大通り。角の蛤屋には意気な女房がいた。名物の煎餅屋の娘はどうしたか知ら。一時跡方もなく消失せてしまった二十歳時分の記憶を呼び返そうと、自分はきょろきょろしながら歩く。
無論それらしい娘も女房も今は見当てられようはずはない。しかし深川の大通りは相変らず日あたりが悪く、妙にこの土地ばかり薄寒いような気がして、市中は風もなかったのに、此処では松かざりの竹の葉がざわざわいって動いている。よく見覚えのある深川座の幟がたった一本淋し気に、昔の通り、横町の曲角に立っていたので、自分は道路の新しく取広げられたのをも殆んど気付かず、心は全く十年前のなつかしい昔に立返る事が出来た。
つい名を忘れてしまった。思い出せない――一条の板橋を渡ると、やがて左へ曲る横町に幟の如く釣した幾筋の手拭が見える。紺と黒と柿色の配合が、全体に色のない場末の町とて殊更強く人目を牽く。自分は深川に名高い不動の社であると、直様思返してその方へ曲った。
細い溝にかかった石橋を前にして、「内陣、新吉原講」と金字で書いた鉄門をはいると、真直な敷石道の左右に並ぶ休茶屋の暖簾と、奉納の手拭が目覚めるばかり連続って、その奥深く石段を上った小高い処に、本殿の屋根が夕日を受けながら黒く聳えている