Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ぜんぞうをおもう
善蔵を思う
Lisez 善蔵を思う (ぜんぞうをおもう) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 14 041 caractères · 29 écrans
もう死ぬまで一冊も、郷里の者へ、本を送らぬつもりである。郷土出身の文学者だって、甲野嘉一君を除いては、こぞって私を笑っている。文学に縁の無い、画家、彫刻家たちも、ときたま新聞に出る私の作品への罵言を、そのまま気軽に信じて、利口そうに、苦笑しているくらいのところであろう。私は、被害妄想狂では無いのである。決して、ことさらに、僻んで考えているのでは無いのである。事実は、或いは、もっと苛酷な状態であるかも知れない。同じ芸術家仲間に於いてすら、そうである。謂わんや、ふるさとの人々の炉辺では、辻馬の家の(Dというのは私の筆名であって、辻馬というのが、私の家の名前である。)末弟は、東京でいい恥さらしをしているそうだのう、とただそれだけ、話題に上って、ふっと消え、火を掻き起してお茶を入れかえ、秋祭りの仕度に就いて話題が移ってゆく、という、そんな状態ではないかと思う。そのような侘びしい状態に在るのも知らず、愚かな貧しい作家が、故郷の新聞社から招待を受け、さっそく出席と返事して、おれも出世したわいと、ほくそ笑んでいる図はあわれでないか。何が出世だ。衣錦之栄も、へったくれも無い。