Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
うもれたにほん
埋もれた日本
和辻 哲郎
Lisez 埋もれた日本 (うもれたにほん) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 21 399 caractères · 43 écrans
この見方はなかなか当たっていると思われる。室町時代の文化を何となく貶しめるのは、江戸幕府の政策に起因した一種の偏見であって、公平な評価ではない。我々はよほどこの点を見なおさなくてはなるまいと思う。
室町時代の中心は、応永(一三九四―一四二八)永享(一四二九―一四四一)のころであるが、それについて、連歌師心敬は、『ひとり言』の中でおもしろいことを言っている。元来この書は、心敬が応仁の乱を避けて武蔵野にやって来て、品川あたりに住んでいて、応仁二年(一四六八)に書いたものであるが、その書の末尾にいろいろな名人を数え上げ、それが皆三、四十年前の人であることを省みて、次のように慨嘆しているのである。「程なく今の世に万の道すたれ果て、名をえたる人ひとりも聞え侍らぬにて思ひ合はするに、応永の比、永享年中に、諸道の明匠出うせ侍るにや。今より後の世には、その比は延喜一条院の御代などの如くしのび侍るべく哉」。すなわち応永、永享は室町時代の絶頂であり、延喜の御代に比せらるべきものなのである。しかるに我々は、少年時代以来、延喜の御代の讃美を聞いたことはしばしばであったが、応永永享時代の讃美を聞いたことはかつてなかった。