Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
にょぜがもん
如是我聞
Lisez 如是我聞 (にょぜがもん) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 22 895 caractères · 45 écrans
つまり、「心づくし」なのである。作者のその「心づくし」が読者に通じたとき、文学の永遠性とか、或いは文学のありがたさとか、うれしさとか、そういったようなものが始めて成立するのであると思う。
料理は、おなかに一杯になればいいというものでは無いということは、先月も言ったように思うけれども、さらに、料理の本当のうれしさは、多量少量にあるのでは勿論なく、また、うまい、まずいにあるものでさえ無いのである。料理人の「心づくし」それが、うれしいのである。心のこもった料理、思い当るだろう。おいしいだろう。それだけでいいのである。宿酔を求める気持は、下等である。やめたほうがよい。時に、君のごひいきの作者らしいモームは、あれは少し宿酔させる作家で、ちょうど君の舌には手頃なのだろう。しかし、君のすぐ隣にいる太宰という作家のほうが、少くとも、あのおじいさんよりは粋なのだということくらいは、知っておいてもいいだろうネ。
何もわからないくせに、あれこれ尤もらしいことを言うので、つい私もこんなことを書きたくなる。翻訳だけしていれあいいんだ。君の翻訳では、ずいぶん私もお蔭を蒙ったつもりなのだ。