Classiques japonais avec furigana
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おぜのむかしといま
尾瀬の昔と今
木暮 理太郎
Lisez 尾瀬の昔と今 (おぜのむかしといま) de 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 7 599 caractères · 15 écrans
同君は之を高倉神社に就て写されたものか、或は檜枝岐に伝わった写しを書き取られたものか、何とも断ってないが恐らく後者であったように思われる。頼政の弟の小国頼行、渡辺丁七唱、猪隼太などは史上に散見するが、尾瀬大納言に就ては所見がない。今試に高倉宮の御一行が取られた行程を『新編会津風土記』に拠って追跡して見ると、戸倉から檜枝岐に入り、八総を過ぎ中山峠を踰え、荒海川に沿うて田島に出で、大川沿いを楢原村に達し、ここに暫く御逗留の後、引返して田島から駒止峠を踰えて山口に出で、伊南川に沿うて下り、叶津から八十里越を経て越後国にお出になられたのであるが、其後のことは不明である。唯東蒲原郡津川町から南二里の東山村に御廟山というのがあって、山上の古墳は即ち高倉宮の御墓であると伝えられている。
この伝説は何を目的としているのであろうか、尾瀬附近の地名を説明する為としては、少し念が入り過ぎているし、又大内にある高倉神社の由来を語る為のものとしては、どうも適切とは言い難いようである。
又『新編会津風土記』には、原野の部に、
小瀬平 古町組檜枝岐村ノ西ニアリ、東西三里計、南北四里計、只見川原中ヲ流ル。