Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
わがじんせいかん
我が人生観
Lisez 我が人生観 (わがじんせいかん) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 10 735 caractères · 22 écrans
水風呂以前にも、私は七ツ八ツの頃からの海水浴狂で、東京に住みはじめて、何が切なかったかというと、夏に思うように海水浴のできないことなどが、その一つであった。毎年、ふるさとの海で、秋がふけると、海辺に立つ人の姿は私一人だけになる。秋になると、日本海は連日の荒天だ。浜には人の姿もなく、人の歩いた跡もない。波にクルクルまかれているのは、言うまでもなく、私だけだ。海も愛したが、孤独も愛したのだ。それがいつの年も秋の荒天まで私を海へひきとめたのである。
しかし、秋の海は、日本海に於てすら、十月になっても、そう冷めたくはない。真夏に熱せられた海の水というものは、なかなかさめないものだ。たぶん、日本海に於ては、十月の海は六月の海よりも、時には七月はじめの海よりも、あたたかい。温度がなかなかさめない代りには、いったんさめると、なかなか温まらないのじゃないかと思われる。八月の中ごろに海水の温かさは頂点に達し、ゆっくり冷えて行くのである。私はこういうバカげたことを、経験によって知るようになった。天性冷えていたのである。
去年から伊東の温泉地へ住みついたので、旅館はとにかく、家庭風呂は、湯はあれども、水なし。