Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

Lisez 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) de 室生 犀星 (むろうさいせい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 116 728 caractères · 231 écrans

Aozora Bunko

だ。幸い百田は娘が大きくなったと書いてくれた上、恰も世上の娘というものは年をとらないふうに思うていた。私もそれは同感で娘というものは、決して娘までの年齢でいつもとまって居てほしかった。娘が赤ん坊を生むということは、どんなに考えて見てもいやである。いやであっても、そんな無茶苦茶がとおるものではないが、相成るべくはムスメはムスメで母親ではないはずに終らせたい。

扨て小宴が終ってから百田から手紙が来て、君の娘さんに会って二次会まで連れ立って行き、たいへん愉しかったと書いてあったから、私はジジムサイ顔を皆さんの前にさらけ出すより、まだ娘の方が女だからと思って代らせたが、盛会の由を聞いて君の周囲の人達の友情の厚きを知ったと、返事をかいて出した。私は還暦の会なぞばかばかしくて他人がすすめてくれても、催す気にはならない、自分でさんざん悪い事をしたような過失の年を、他人様の時間まで引き奪って祝って貰うなどとは、虫のよい話である。名誉慾というものは死年が近づくと殖える一方で、何かというと名前を出したがるものだが、どうせ、うきぐさの売立稼業、駕から振り落されたサムライだか、鰊だかわかったものではない、ふらふら軒の低い薄暗い田舎の町端れで、行き倒れになってもよいはずなのだ。