Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ぶんしとしてのちょうみんせんせい
文士としての兆民先生
幸徳 秋水
Lisez 文士としての兆民先生 (ぶんしとしてのちょうみんせんせい) de 幸徳 秋水 (こうとくしゅうすい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 3 042 caractères · 7 écrans
一
二
一
官吏、教師、商人としての兆民先生は、必ずしも企及すべからざる者ではない。議員、新聞記者としての兆民先生も、亦世間其匹を見出すことも出来るであろう。唯り文士としての兆民先生其人に至っては、実に明治当代の最も偉大なるものと言わねばならぬ。
先生、姓は中江、名は篤介、兆民は其号、弘化四年土佐高知に生れ、明治三十五年、五十五歳を以て東京に歿した。
二
先生の文は殆ど神品であった。鬼工であった、予は先生の遺稿に対する毎に、未だ曽て一唱三嘆、造花の才を生ずるの甚だ奇なるに驚かぬことはない。殊に新聞紙の論説の如きは奇想湧くが如く、運筆飛ぶが如く、一気に揮洒し去って多く改竄しなかったに拘らず、字句軒昂して天馬行空の勢いがあった。其一例を示せば、
我日本国の帝室は地球上一種特異の建設物たり。万国の史を閲読するも此の如き建設物は一個も有ること無し。地上の熱度漸く下降し草木漸く萠生し那辺箇辺の流潦中若干原素の偶然相抱合して蠢々然たる肉塊を造出し、日照し風乾かし耳目啓き手足動きて茲に乃ち人類なる者の初て成立せし以来、我日本の帝室は常に現在して一回も跡を斂めたることなし。