Classiques japonais avec furigana
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
Lisez 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 263 376 caractères · 511 écrans
――之が西田哲学の無の論理による処の「弁証法」の歪曲された解釈なのである。
すでに今、無の論理が宿命的な関係を持っている処の弁証法に就いて、特有の仕方で見出されたように、一般に無の論理は、事物そのものを処理する代りに、事実のもつ意味を処理するのである。本当は、事物そのものを処理しない限り事物のもつ充分な意味の処理も出来ないわけだが、ここでは事実そのものからは独立に、事物の意味だけが問題とされる。ここでの問題はいつも、事物がどうやったらば「考え得られる」かである。事物が実際にどうあるかではない、どういう「意味」を持ったものがその事物の名に値いするかである。社会や歴史や自然がどうあるかではなくて、社会や歴史や自然という概念がどういう意義を有ったものであるか、意味の範疇体系に於てどういう位置を占めるか、が問題である。で例えば社会は我と汝との関係という意味をしか有たないのである。試みに『無の自覚的限定』の内から、何々と「考えられる」とか、何々の「意義を有する」とか、何々と「いう如きもの」とかいう言葉を拾い出して見るなら、それがどれ程莫大な数に上るかに読者は驚くに違いない。