Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

Lisez 日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 208 277 caractères · 415 écrans

Aozora Bunko

自ら欲し、自ら努めて至誠信心をつくり出すことはできぬ。「たゞまさに法を重くし身を軽くするなり。世をのがれ道をすみかとするなり。いさゝかも身を顧みること法よりも重きには法伝はれず、道得ることなし。」すなわち真理体得の究極の契機は、法を重くし身を軽くすることである。

「身心はうることやすし。世界に稲麻竹葦の如し。」ただこの身心をもって法の容器とするときにのみ、我らの身心は稲麻竹葦よりも価値あるものとなる。我らにして自己の生活に価値あらしめんと欲するならば、この価値なき身心を「あふことまれなる法」の担い手として、全然、法に奉仕せしめねばならぬ。

この信念から、ものの価値に対する一つの確固たる標準が生まれてくる。大法を保任し真髄を得たものは、それが露柱、灯籠、諸仏、野干、鬼神、男、女、貴族、賤民、の何であろうとも、礼拝すべき貴さを担っている。その物その人が貴いのではなくして、そこに具現せられた法が貴いのである。その物その人を敬うのではなくしてその得法を敬うのである。だから人間にあっても人は、その保任するところの法に応じて価値を獲得する。この価値の標準の前には、世上の一切の尊卑の差別は権威を持たない。