Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

Lisez 日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 208 277 caractères · 415 écrans

Aozora Bunko

は、なるほど「岡崎」や「沼津」ほど醜悪ではない。が、我々は「野崎村」において情死を決心するお染と久松の苦悩に、我々の納得の行くほどな重大な動機を認め得るであろうか。またこの二人の情死を慮り、自分の恋を断念して尼になるおみつの犠牲の苦しみにも、我々の承服し得べき内的必然性を認め得るであろうか。もとよりこの作の主題は二人の女と一人の男との恋愛関係であって、そこに存する苦悩の核は最も容易に普遍人間的たり得るものである。しかし作者はこの比較的容易な題材においてすらも、恋愛そのものの含む根源的な不調和に突き入らずして、あまりにも多く「義理」に、「習俗的偏見」に、その所を与えている。しかもこの義理によって道義の威力を現わし、あるいはこの偏見によって固定せる風習の非人間的な害悪を示し、それを苦悩の原因とするのでもない。まず初めにお染と久松とを情死の覚悟にまで押しつけるものは、久松の主人への「義理」である。しかも作者は、この義理がいかなる力をもって、いかなる苦しみを通して、久松に恋愛を断念させるか、またその断念し切れない恋愛のゆえに義理に対して戦うべきその戦いが、いかなる意味で不可能であり絶望的であるかを描こうとはしない。