Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

うたのえんじゃくするとき

歌の円寂する時

折口 信夫

Lisez 歌の円寂する時 (うたのえんじゃくするとき) de 折口 信夫 (おりくちしのぶ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 13 623 caractères · 28 écrans

Aozora Bunko

こう言う本質を持った短歌は、叙事詩としては、極めて不都合な条件を具えて居る訣だ。抒情に帰せなければならない短歌を、叙事詩に展開さしょうと試みて、私は非常に醜い作物を作り作りした。そうしてとどのつまり、短歌の宿命に思い臻った。私は自分のあきらめを以て、人にも強いるのではない。石川啄木の改革も叙事の側に進んだのは、悉く失敗しているのである。唯啄木のことは、自然主義の唱えた「平凡」に注意を蒐めた点にある。彼は平凡として見逃され勝ちの心の微動を捉えて、抒情詩の上に一領域を拓いたのであった。併し其も窮極境になれば、万葉人にも、平安歌人にも既に一致するものがあったのである。唯、新様式の生活をとり入れたものに、稍新鮮味が見えるばかりだ。そうして、全体としての気分に統一が失われている。此才人も、短歌の本質を出ることは出来なかったのである。

古典なるが故に、稍変造せねば、新時代の生活はとり容れ難く、宿命的に纏綿している抒情の匂いの為に、叙事詩となることが出来ない。これでは短歌の寿命も知れて居る。戯曲への歩みよりが、恐らく近代の詩の本筋であろう。叙事詩は当来の詩の本流となるべきものである。