Classiques japonais avec furigana
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ちちのしゅっきょう
父の出郷
葛西 善蔵
Lisez 父の出郷 (ちちのしゅっきょう) de 葛西 善蔵 (かさいぜんぞう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 9 047 caractères · 18 écrans
庫裡に廻って電灯の明るい窓障子の下に立って耳を傾けたが、掛時計のカッタンカッタンといういい音のほかには、何にも聞えてこない。私はまた玄関で二三度叫んだ。それから数株の梅の老木のほかには何一つなく清掃されている庭へ出て、老師の室の前の茅葺きの簷下を、合掌しながら、もはや不安でいっぱいになった身体をしいて歩調を揃えて往ったり来たりして、やはり老師さん! 老師さん! を繰返し続けたが、だんだんその叫び声が自分ながら霜夜に啼く餓えた野狐の声のような気がされてきて、私はひどく悲しくなってきて、私はそのまま地べたに身体を投げだして声の限り泣きたいと思った。雨戸を蹶飛ばして老師の前に躍りだしてやるか――がその勇気は私にはなかった。私は絶望と老師を怨じたい気持から涙のにじみでてくる眼をあげて、星もない暗い空を仰いだが、月とも思われない雲の間がひとところポーと黄色く明るんだ。「父だ!」とその瞬間にそう思った。父の亡魂なのだ。不孝の子を父ははるばると訪ねてきてくれたのだと思うと私はまた新しく涙が出てきたが、私は父を慕う心持で胸がいっぱいになった。「お前も来い! 不憫な子よ、お前の三十五年の生涯だって結局闇から闇に彷徨していたにすぎないんだが、私の年まで活き延びたって、やっぱし同じことで、闇から闇に消えるまでのことだ。