Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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じゅんすいしょうせつろん

純粋小説論

横光 利一

Lisez 純粋小説論 (じゅんすいしょうせつろん) de 横光 利一 (よこみつりいち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 12 519 caractères · 24 écrans

Aozora Bunko

が、純文学となって、自己身辺の事実のみまめまめしく書きつけ、これこそ物語にうつつをぬかすがごとき野鄙な文学ではないと高くとまり、最も肝要な可能の世界の創造ということを忘れてしまって、文体まで日記随筆の文体のみを、われわれに残してくれたのである。ここに、若い純文学者の心的革命が当然起らずにはいられぬ原因がひそんでいて、純文学の正統は日記文学か、それとも通俗小説か、そのどちらかという疑問が起って来た。リアリズムと浪曼主義の問題の根柢も、実はここにあって、私などは初めから浪曼主義の立場を守り小説は可能の世界の創造でなければ、純粋小説とはなり得ないと思う方であるのだが、しかし、純文学が、物語を書こうとするこの通俗小説の精神を失わずに、一方日記文学の文体や精神をとり入れようとしているうちに、いつの間にか、その健康な小説の精神は徐々として、事実の報告のみにリアリティを見出すという錯覚に落ち込んで来たのである。この病勢は、さながら季節の推移のように、根強く襲って来ていたために、物語を構成する小説本来の本格的なリアリズムの発展を、いちじるしく遅らせてしまった。そうして、文学者たちは、純文学の衰微がどこに原因していたかを探り始めて、最後に気附いたことは、通俗小説を軽蔑して来た自身の低俗さに思いあたらねばならなくなったので