Classiques japonais avec furigana
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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
Lisez 認識論とは何か (にんしきろんとはなにか) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 58 432 caractères · 116 écrans
で明晰判明なものが幾何学的精神であるとは云えないのだ。――して見ると、デカルト風の明白判明説は、明白説自身によって邪魔でしかなかったわけだ。
カントの批判主義が、大陸の合理主義とイギリスの経験主義との一種の結合としての認識論にその中心を有つことは広く知られている。それはカント自身も云っているように、観念論と実在論(云い直せば寧ろ唯物論)との一種の総合或いは寧ろ折衷であった。之に並行して真理の観念も亦、合理主義的・観念論的・な系統にぞくした明白説=先天主義と、経験論的・唯物論的・な系統にぞくする模写説との、結合によって与えられる。構成主義がそれだ。
彼の感性論が説く限りに於ては、認識の材料は、客観的な物そのものから、主観へ感覚として与えられる。物自体が人間の心を触発することが感覚だという。空間と時間という二種の純粋直観は、直観形式として、この雑多な感覚材料へ形式と統一とを与える。之が知覚である。先験的分析論によれば、この知覚の多様は、更に悟性概念たる範疇によって高度の形式と統一とを与えられる。之がカントの所謂経験乃至認識となるのである。この認識の具体化のためには、更に図式なるものがあり、これによって感性と悟性との最後の結びつき方の様々の様式が決定される。