Classiques japonais avec furigana
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つゆのあとさき
つゆのあとさき
永井 荷風
Lisez つゆのあとさき de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 74 725 caractères · 148 écrans
夜になると、この字に赤い電気がつく。これが君江の通勤しているカッフェーであるが、見渡すところ殆ど門並同じようなカッフェーばかり続いていて、うっかりしていると、どれがどれやら、知らずに通り過ぎてしまったり、わるくすると門ちがいをしないとも限らないような気がするので、君江はざっと一年ばかり通う身でありながら、今だに手前隣の眼鏡屋と金物屋とを目標にして、その間の路地を入るのである。路地は人ひとりやっと通れるほど狭いのに、大きな芥箱が並んでいて、寒中でも青蠅が翼を鳴し、昼中でも鼬のような老鼠が出没して、人が来ると長い尾の先で水溜の水をはね飛す。君江は袂をおさえ抜足して十歩ばかり。やがて裏通を行く人の顔も見分けられるあたり。安油の悪臭が襲うように湧き出してくる出入口をくぐると、何処という事なく竈虫のぞろぞろ這い廻っている料理場である。料理場は後から建て増したものらしく、銀座通に面した表附とはちがって、震災当時の小屋同然、屋根も壁もトタンの海鼠板一枚で囲ってあるばかり。それでも土間から急な梯子段を土足のまま登って行くと、十畳ばかり畳を敷いた一室があって、四方の壁際ぐるりと十四、五台ばかりも鏡台が並べてある。