Classiques japonais avec furigana
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つゆのあとさき
つゆのあとさき
永井 荷風
Lisez つゆのあとさき de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 74 725 caractères · 148 écrans
「君江さん。もう乗換はないぜ。自動車を呼ぼう。」
「いいのよ。すぐ其処ですから。」と君江は人通の絶えた堀端を本村町の方へと歩いて行く。円タクの運転手が二人の姿を見て、窓から手を出し指で賃銭の割引を示すものもあれば、垢じみた顔を出してひやかすものもある。矢田はぴったり寄添い、
「君江さん。どうしても家へ帰らなくっちゃいけないのか。一晩ぐらい都合できないのか。エ、君江さん。どうしてもいけなければ、一時間でも、三十分でもいい。話をしてすぐ別れてもいいから、ちょっとつき合ってくれ。僕はそんな無理なことは決して言わない。今夜の中にきっと帰すから。」
「もう晩すぎるわよ。ぐずぐずしていると、わたし帰れなくなってしまうから。それに明日は早番だから。」
「早番だって、あすこは十一時じゃないか。こんな事を言ってぐずぐずしている中に時間がたってしまうじゃないか。この近辺はいけないのか。荒木町か、それとも牛込はどうだ。」と矢田は君江の手を握って動かない。
土手上の道路は次第に低くなって行くので、一歩ごとに夜の空がひろくなったように思われ、市ヶ谷から牛込の方まで、一目に見渡す堀の景色は、土手も樹木も一様に蒼く霧のようにかすんでいる。