Classiques japonais avec furigana
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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい
クリティシズムと認識論との関係
戸坂 潤
Lisez クリティシズムと認識論との関係 (クリティシズムとにんしきろんとのかんけい) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 25 091 caractères · 50 écrans
芸術が一般に表現であるということは今日の常識である。芸術作品は人間性か内部的生命か、生活か生か精神かの、外部への表出であるということを誰しも疑わない。芸術家の苦心は表現にある、と多くの芸術家は告白している(H・マティスの手記の如き)。だが、そういう常識を不作為に受け容れることと、そういう見解を特に取り立てて主張することとは、必ずしも同じことではない。告白と主張とは一つではない。なぜと云うに、或る判り切ったことを特に取り立てて主張するのは、何等かの対立物がそこに意識されているからで、対立物が何であるかによって、その主張の内容も本質が変って来るからだ。主張は一つの敵本主義を仮定する。之はもはや常識の単なる受容ではない。――だが更にそういう主張それ自身が、又やがて一つの常識の内容となることも忘れてならぬ。芸術は表現以外のものではなく正に表現でなければならぬ、という主張それ自身が、実を云うと、口に出すと否と物に書くと否とに拘らず、今日の常識の一つだ。結局、常識はいざとなると主張をし始めるものなのである。云わばそれが、色々の常識を持続させる処の慣性(スコラ学者が考えた実体の慣性)のようなものである。