Classiques japonais avec furigana
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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい
クリティシズムと認識論との関係
戸坂 潤
Lisez クリティシズムと認識論との関係 (クリティシズムとにんしきろんとのかんけい) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 25 091 caractères · 50 écrans
が抑々何を意味するか、という処から出発した筈である。芸術が認識であるという観点を根本に於て強調しない限り、今の処芸術理論の本質的な前進はムツかしいことがわかる。芸術的生命なるものが認識論的に分析されなければならないのである。
さて芸術を世界認識の一種と仮定すれば、クリティシズムが認識=認識物の一種の検討であることは容易に首肯出来る筈である。クリティシズム=批評(批判・評論)は何と云っても芸術のクリティシズムとして最も発達しているし、重きもなしている。その芸術が一種の認識と見られる以上は、最も屡々芸術作品を論議せねばならぬ処のクリティシズムなるものは、常に認識物を、従って又認識を、検討するものだという自覚を当然持つ筈である。科学的批評と印象批評というような涯しない対立は今どうでもよい。いずれの批評に於ても、クリティシズムという一つのイズム(主義か精神か一纏りの現象かをイズムという)を形成するための心棒は必ずあるので、認識を検討するというこの建前が、クリティシズムというものの心棒でなくてはならない。
尤も批評家がこの建前を自覚するしないは別問題で、批評家が批評の枢軸を意識しようがしまいが、現実の批評が、而も相当高度の批評が、行なわれ得ることを妨げない。