Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ごじゅうねんだいのぶんがくとそこにあるもんだい
五〇年代の文学とそこにある問題
宮本 百合子
Lisez 五〇年代の文学とそこにある問題 (ごじゅうねんだいのぶんがくとそこにあるもんだい) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 25 472 caractères · 50 écrans
日本では、一九三三年以後の社会と文学の形相があまり非理性的で殺伐であったために、その時期に青年期を経たインテリゲンチャの多くの人が、その清新生活では主として人民戦線のフランスに亡命した形があった。野間宏にしろ、加藤周一にしろ。それらの人たちは、いま日本の民主革命の中にその精神において帰還している。野間宏が、ジイドやヴァレリーの言葉からぬけでて――ヨーロッパ的小説作法(ブルジョア民主主義のアヴァンギャルドの手法)を、日本の民主革命の課題にそった人民の言葉で人民の生活を描こうとしている昨今の試みは、すべての人に期待を抱かせている。彼が一応のスタイルをこわして、ヴァレリーの言葉から、日本庶民の理性の暗い、理性によって処理されない事象と会話の中に突入している生真面目さを、ただ日本語の不馴れな作家の時代錯誤とだけ云いすてる人はないだろう。
民主革命の長い広い過程を思えば、その課題の必然にしたがって文学はますます批評家の好みによって点づけされたり、文学流派の堰によってあちらとこちらとせきわけられるものでもなくなってきつつあると思う。一人の作家が一寸背丈を高くするために、一寸だけ他の誰かをおしつけてよいものでもないと思う。