Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
とねがわのあゆ
利根川の鮎
佐藤 垢石
Lisez 利根川の鮎 (とねがわのあゆ) de 佐藤 垢石 (さとうこうせき) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 4 875 caractères · 10 écrans
親不孝と流浪と懶惰と遊酒と、そのほかに何をなしたであろう。まことに、取るに足らぬ人生であった。有害無益の人生であった。実に意味なき人生であった。思えば思うほど、悲しき寂しき人生であった。学びに勉めず、仕事に励まず、蕩兒の姿が私の過去のすべてであった。世の中に対しては言うまでもないが、身近なもの、親のため、妻のため、子のため、友のために何一つなしてこなかったではないか。
痛恨きわまりなき、我が人生であったのである。
しかしながら、こうした悲しい想い出のうち、僅かに私を慰めてくれるものがある。それを想い出し、頭に夢を繰り返す時だけ、私の悲痛は救われるのである。というのは、過ぎし私が経てきた長い年月にわたる「水と山」の巡礼である。
私は、私に幼いときからの「水と山」の巡礼の想い出がなかったならば、私の人生は地獄の苛みであったであろう。私は、過ぎし水と山の旅を追想しては、貧困な人生にせめて潤いを求めているのである。
行末にねがっても、同じ想いである。もうあと幾年生きられようか。よし、これから二十年三十年生きられたところで、己も満足し、世の人も認めてくるような仕事が、何一つなし得る見込みもない。