Classiques japonais avec furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lisez 古句を観る (こくをみる) de 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 028 caractères · 333 écrans
「一雨」は将来の仮定と解さないでも、「この一雨」の意味として、現在降りつつある場合でも差支ない。――この句を読むと、田舎の藪などに累々と花をつけた、比較的大樹の椿が想像される。この花もやはり紅と見たい。
雉子鳴や川の向ひの小松原 楚舟
大きな川ではあるまい。その向側が小松原になっていて、そこからケンケーンという雉子の声が聞えて来る。雉子の声は鋭いから、かなり遠きに及ぶものであろうが、この句の場合は、そう多くの距離を必要とせぬように思われる。
雉子の声が過去において相当人に親しいものだったらしいことは、前に述べた。
塀越に庭の深さや雉子の声 笑酔
というに至っては、山野を離れて庭園に入込んでいる。何人の住居であるか知らぬが、塀越に深々とした庭があって、そこから雉子の声が聞えて来るのである。春日の閑なる趣は、ありふれた小鳥の囀よりも、※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)の鳴声よりも、かえってこの雉子の声において深められたかの感がある。
如何に昔の世の中にしても、庭に雉子が来て啼くのは野趣横溢に過ぎる、という説が起るかも知れぬ。しかしこの句の雉子は、場合によっては野生のそれでなしに、庭籠に飼ったものと見ても差支ない。