Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ぜんぞうをおもう
善蔵を思う
Lisez 善蔵を思う (ぜんぞうをおもう) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 14 041 caractères · 29 écrans
けれども、明日の朝、東の空から生れ出る太陽を、必ずあなたの友にしてやって下さい。あれは私の、手塩にかけた子供です。まるまる太ったいい子です。」夕焼は、それを諸君に訴えて、そうして悲しく微笑むのである。そのとき諸君は夕焼を、不健康、頽廃、などの暴言で罵り嘲うことが、できるであろうか。できるとも、と言下に答えて腕まくり、一歩まえに進み出た壮士ふうの男は、この世の大馬鹿野郎である。君みたいな馬鹿がいるから、いよいよ世の中が住みにくくなるのだ。
おゆるし下さい。言葉が過ぎた。私は、人生の検事でもなければ、判事でもない。人を責める資格は、私に無い。私は、悪の子である。私は、業が深くて、おそらくは君の五十倍、百倍の悪事を為した。現に、いまも、私は悪事を為している。どんなに気をつけていても、駄目なのだ。一日として悪事を為さぬ日は、無い。神に祷り、自分の両手を縄で縛って、地にひれ伏していながらも、ふっと気がついた時には、すでに重大の悪事を為している。私は、鞭打たれなければならぬ男である。血潮噴くまで打たれても、私は黙っていなければならぬ。
夕焼も、生れながらに醜い、含羞の笑を以てこの世に現われたのではなかった。