Classiques japonais avec furigana
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おおさかをあるく
大阪を歩く
直木 三十五
Lisez 大阪を歩く (おおさかをあるく) de 直木 三十五 (なおきさんじゅうご) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 32 964 caractères · 65 écrans
と、云ったとか――いつまで、経っても、贅六根性が抜け無いものか? それとも、東京風に染んでしまっているか?
「君の生れは、何処だい」
私は、よく聞かれる。
「大阪」
「大阪か、大阪とは見えないね」
大抵、こうである。私の言葉に大阪訛りが無いからか、私のする事が、大阪人らしくないからか?――とにかく、他国の人々は、大阪人を、尊敬すると共に、軽蔑し、未だに、江戸っ子の方が、大阪人よりも上等人だと、考えているらしい。
「人国記」の流行ってきた時代――大阪人は、大阪から一足も出ないし、江戸人は、江戸の内で一生暮らしているし、もし他国へ出るなら、それは伊勢参りと、善光寺参りとが人生の二大旅行であった頃なら、そうした「概念的贅六」の観方も正しいであろうが、このごちゃごちゃ時代に、何が贅六で、誰が純粋に江戸っ子であろう。一体同じ人間が、そう根本的に差違のあるものか、無いものか?――私は生国を聞かれるたびに、古くさいなとおもう。
だが、こうした概念的の見方は便利であるから、中々廃れない。純粋の、江戸っ子だと聞くと、熱い朝湯がすきで洒落が上手で、粋ななりをしていて、たんかが切れて、金放れがよくって、すらりとしていて――と思うが――何処の山猿かしら、と思っている石井鶴三氏は、下谷っ子であり、泉鏡花は、加賀っぽうであり――こんな概念