Classiques japonais avec furigana
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おおさかをあるく
大阪を歩く
直木 三十五
Lisez 大阪を歩く (おおさかをあるく) de 直木 三十五 (なおきさんじゅうご) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 32 964 caractères · 65 écrans
前者は新時代を知らず、後者は、適当の育てようを知らない。二つ乍ら、無批判のまま、己の郷土の劇団の、次第に衰弱して行くのを、黙って眺めている。
坪内士行氏の国民座は解散した。多くの、小劇場運動はいつも、そのまま亡んで行く。亡んで行く者にも多少の欠点はあるが、いつの日か、大阪人も、己の育てた劇場の無いのを、淋しがる日がくるであろう。
東京劇場、新橋演舞場、歌舞伎座、帝国劇場と、華美をつくした劇場をもっている東京が、収支つぐなわなくなるか? 中座程度の小屋で、見物の満足している日が、いつまでもつづくか? 或は、あの小屋担当の俳優しか、芝居しか、見られなくなる日がいつかくるか? 私は、五六年後に、考えなくてはならぬ時に出逢うであろうと、信じる事ができる。
女
私は女は、嫌いでは無い(大抵の女は、好きになるから、或は、こういう、云い方は、まちがって、いるかも知れない)。だから、大阪の女も嫌いではないが(私の、女房は大阪の女である)、どうも――どうも(これは、少し云いにくい所である)少し――少し、物足りない(私の女房だけは別である。失敬)。
それは、私が毎日、こんな理屈ばかり云っている稼業であるからかも知れないが(女の前では決して云わないが)、どうも、断髪の女と交際すると、やきもちを焼いたり(私の女房では、断じて