Classiques japonais avec furigana
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きだんクラブ〔せんごばん〕
奇談クラブ〔戦後版〕
野村 胡堂
Lisez 奇談クラブ〔戦後版〕 (きだんクラブ〔せんごばん〕) de 野村 胡堂 (のむらこどう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 11 177 caractères · 22 écrans
この時、舞台の背後の人気の無かった筈の楽屋裏から、同じくピアノのいとも清らかな音が朗にと響き始めたのです。
それは、楽聖ヨハン・セバスチャン・バッハのあの神聖な「ハ長調の前奏曲と遁走曲」の、いとも控え目な、そして静かな調べではありませんか。
それは弱々しく、小さい音ではありましたが、その清らかな調は次第次第に力を加え、やがて深沢深の演奏する邪悪な呪いの曲を引き千切り、支離滅裂に押えつけて、天楽のように高鳴るのです。
深沢深は幾度かそれを迎え討つように、気違い染みた演奏を続けましたが、終には朗々と場内一パイに響き渡るバッハの音楽に圧倒されて、指を休めたまま凝っと聴き入る外はなかったのです。
幾度か繰り返したバッハの音楽の、最後の一小節が終ると、
「俺は負けた」
深沢深はガクリと肩を落しましたが、新郎新婦の方を一と眼、ハッと気を取直して、獅子の鬣の毛がライオンの頭のようにユラユラと逆立ったと見るや、ピアノの上に、バタリと上半身を俯伏せました。
「あッ、血」
どっと象牙の鍵盤をひたした碧血――
振り上げた深沢深の顔から胸へ、一杯の血が流れているのです。
ピアノを離れた深沢深は、その儘聴衆の方を向いて立上りました。