Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わたしはかいぎはだ

平凡・私は懐疑派だ

二葉亭 四迷

Lisez 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) de 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 19 626 caractères · 41 écrans

Aozora Bunko

これが「其面影」と「平凡」とを創作した時の、私の態度の違いさ。

だが、要するに、書いていてまことにくだらない。子供が戦争ごッこをやッたり、飯事をやる、丁度そう云った心持だ。そりゃ私の技倆が不足な故もあろうが、併しどんなに技倆が優れていたからって、真実の事は書ける筈がないよ。よし自分の頭には解っていても、それを口にし文にする時にはどうしても間違って来る、真実の事はなかなか出ない、髣髴として解るのは、各自の一生涯を見たらばその上に幾らか現われて来るので、小説の上じゃ到底偽ッぱちより外書けん、と斯う頭から極めて掛っている所があるから、私にゃ弥々真劒にゃなれない。

併しながら、斯う云うと、私一人を以て凡ての人を律するように取られるかも知らんが、そう云う心持でもないんだ。私一人がいけないんだね。ただ自分がそういう心持で、筆を持っちゃどうしても真劒になれんから、なれるという人の心持が想像されない。真の文学者の心持が解らん。だから真劒になれるという人があれば私は疑う。が、単に疑うだけで、決してその心持にゃなれぬと断定するまでの信念を持っている訳でもない。雖然どう考えても、例えば此間盗賊に白刃を持て追掛けられて怖かったと云う時にゃ、其人は真実に怖くはないのだ。