Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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ばしゃ

愛の挨拶・馬車・純粋小説論

横光 利一

Lisez 愛の挨拶・馬車・純粋小説論 (ばしゃ) de 横光 利一 (よこみつりいち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 40 699 caractères · 78 écrans

Aozora Bunko

「譬えば此の温泉の湯は化学的に分析すれば、硫酸と硫酸カルシウムと硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩酸、硫酸アルミニウム、硅華硫酸鉄、まアそんなものだが、それは人体にとってはどうでも良いので、必要なのはこの温泉が果して病人に効くかどうかということだ。医学的に云えば、此の温泉の湯は先ず第一に皮膚病、殊に癩病に良く、次には脳病、糖尿病、という順序であるが、しかし、それなら果してそれら尽くの病体に必ず効いて快癒するものかどうかとなると、この一番に人体にとって重要なことは、易学でなければ絶対に分らない。すなわち、自然科学の遠く及ばざる所を活躍させる学というものは、自然現象の中にはぜひ一つはなくてはならぬものであって、これを排撃しようとする従来の自然科学者たちこそ、天地自然の大法を知らざる物質万能の畜獣的暗昧者ともいうべきものだ。そもそも易の根本をなす三百八十四交というものは、実に造化の理によって別けられた万象に応じるがための原子の数であって、それらの交の錯綜する相に現れた時理に従い、陰陽の消長を観、剛柔の応比により、進退存亡の機も知れば生存も覚り得るばかりでなく、禍乱を未然にふせぎ、人事百般の吉凶をしめして災害を未発にけす方法を会得させるのだから、易学は霊科学であり哲学である。