Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
わがじんせいかん
我が人生観
Lisez 我が人生観 (わがじんせいかん) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 8 737 caractères · 18 écrans
と告白しているのは、男女関係についてマセた考えをもっていたが、所詮大したことはできなかった、リーベは何人もいたわけではなく、人が見るほど悪いことはしていない、という自己弁護の意味であろうと思う。しかし、直接自己弁護の言い方で語られていないだけ、この表現には実感がある。つまり、彼、自ら広言するほど身持ちは良くないにしても、大して悪いことはしていないし、できもしない、という彼の考えは、自己弁護ではなくて、彼が本当にそう思いこんでいると見ることができるであろう。
彼は佐文の処女を奪ったことで「再び彼女の父の顔を見る勇気もないほど」でありながら、同時に、途中から引返して「僕達の仲を説明して理解と協力をあおごうと思った」と語っている。彼は許しを乞うたり、結婚を懇願したり、するような考え方を持たないのである。一面に於ては対等であり、父ですらもない。単に「説明して理解と協力をあおごう」と思っているだけだ。若造のくせに生意気だというのは当らない。若年にして独立独歩の志操あってのことであり、この態度は排すべきものではない。一面「罪悪感にかられて」というのも、正直な表現であろうと思う。