Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
わがじんせいかん
我が人生観
Lisez 我が人生観 (わがじんせいかん) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 11 617 caractères · 23 écrans
しかし、生来の仙人は、わざわざ山中に小屋がけし、谷水をひいて住むような面倒な苦労はしたがらないであろう。それを敢てする人は、むしろ天性の俗物であろうが、しかし空想で終らずに本当に着手するには、夢想家にしても、山師にしても、並のものではない。彼は戦争中は猛烈な神がかりで、私は郷里の新聞に彼が神がかりの論文をのせているのを読んだが、先ずこれぐらいベラボーな論理を失した神がかりは天下になかったようである。軍人にせよ、政治家にせよ、壮士にせよ、農夫にせよ、神がかり的になり易い人士は、反面チミツな計算家で、はじめは相手にききとれないような細い声で語りだす、というような術については一生心を用いている人種らしい、と、私はそんなことを考えたりした。あの山小屋の造り主がそんな神がかりになったことが、わびしかったのである。あの山小屋は彼の終生の傑作であったようだ。
私は一夏、彼の山小屋をかりて暮すことにした。もし快適だったら、小学校の代用教員もやめて、当分山ごもりして読書しようかとも思っていたのである。
その出発の日は暴風雨の警報がでていた。なみの旅行とちがって、半分出家遁世のような出発であるから、浮世の警報などは気にかからない。